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2009年2月

2009年2月27日 (金)

606日目 昔の上司

昔の上司がカタールに来てくれました。
昨晩は帰国前に昔の部下で集まり食事をしました。
久しぶりに上司の暴言(いやいや、良いお話)を堪能しました。

1)上に振り回されて苦労している人に対して
自分がどうしたいのか、はっきりしろ。
どうしたいかわからないでは、振り回されるだけだ。

2)下を振り回して苦労させている人に対して
仕事は楽しくなくてはならない。 出来ないものは出来ない。若者を虐めたら承知しないぞ。 下が辞めたら仕事はできないぞ。

3)教育について
俺は優秀な奴には一所懸命に教えてやる。
若者は誰でも優秀になる可能性を持っている。 

だから俺は若者を教え続ける。

4)独身の部下に対して
 結婚しないと金を使うところがなくて大変だろう。
 結婚は家と家との結婚でもあるので面倒でややこしいことがたくさんある。
さらに離婚でもすれば慰謝料で金をとられるかもしれない。
 そう考える結婚をむやみにすすめられない。
 社会に取っては少子化は問題である。

 今更結婚はしたくないが、子供は欲しい人はたくさんいる。
 シングルマザーをサポートするために、独身男がサポートする仕組みをあればいい。
 例えば1人のシングルマザーを5人の独身男が契約する。
 独身男は、自分の特技に会わせて役割分担をする。
 一緒に遊ぶお父さん、勉強を見てあげるお父さん、物を買ってあげるお父さん、運動会の応援に行くお父さん等々。
 シングルマザーはTPOに会わせてお父さんを選べる。
 独身男の方も、複数のシングルマザーの面倒を見てもよい。
 社会として子供を育てていくということができれば、結婚と言う縛られた形にこだわらなくてもいいのではないか。

 
 食事をしながらこんな話をして、その後空港で見送りました。

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2009年2月23日 (月)

602日目 2月23日

このブログのタイトル、”LETTERS FROM QATAR”は、

映画、硫黄島からの手紙 ”LETTERS FROM IWO JIMA”から、拝借しています。

カタールに赴任する前に、中学生の息子と2人で映画館でこの映画を見ました。

(それ以来、息子は戦史マニアになってしまいました。)

映画は硫黄島から日本に残した家族宛に送られた手紙の形で進みます。  これを見た瞬間に、カタールの生活の様子をブログで知らせようと思いついた次第です。

1945年2月19日にアメリカ海兵隊の上陸が開始され、

2月23日、第5海兵師団は遂に摺鉢山頂上へ到達し星条旗を掲揚しました。 

Iwojima

この有名な写真が2月23日に撮られたものでした。

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2009年2月21日 (土)

600日目 朝日を見て考える事

Feb21

朝、自分の部屋をドアを開けると、日の出でが見えます。

どうってことでは無いのですが、綺麗な日の出や夕日を見ると得した気分になります。

反対に損した気分になるのは、説明させておきながら、中身に全く興味も理解をしようともせず、とにかく休日もなく24時間働いて終わらせろと言われること。 

驚くことに、なぜそんなに急がないといけないのか根拠がない。

人は穴を叩かないと働かない。 

こんな性悪説でやられると、

ちゃんと考えて計画している身としては適いません。

どうすればいいか。

マゾになります。 叩かれるのが快感かもしれません。

または、上からの命令をかわすのが天才的に上手くなるかです。 かわすと言う事は出来ない物を出来ると言い切るので、実は嘘をつきつづけることになります。 これは、他人の作業が遅れて足を引っ張ると言うことを期待してなので、全体を把握していないとできない高等戦術です。

これに関しては人生の長い経験と苦労による修行が必要です。

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2009年2月20日 (金)

599日目 金曜 

金曜です。

週一回は気分転換のためにも、仕事は休みにしたいのですが、

事情があり仕事に出ています。

昔から不思議に思っていたのですが、絶対にスケジュールを作らないメーカーがいます。

メーカーのサービスエンジニアは、一旦スケジュールを出すと、それを守ることをお客さんからしつこく言われます。

日本人は気軽に線を引いて出しますが、これは守れなくても責任追及がされないと安心をしているからだと思っています。

それに対して、欧米人は自分に不利になるような証拠は絶対に残したがりません。

欧米人の基本は、不確かなことは”ノー”です。

今、アメリカのメーカーから来たエンジニアとその会社のインド人サービスエンジニアの相手をしていますが、彼らは殆んど書類らしい書類を書きません。

自分の会社の不具合で、保障として来ているのに絶対に謝罪はしません。 

強い立場の顧客アメリカ人にも、一向に悪気を見せずに自己主張だけをします。

空気の読めないアメリカ人です。

決して人柄が悪いわけではないので、馬鹿正直に生きているのでしょう。 それがアメリカ人のよいところといえばよいところだと思います。

しばらく彼とは付き合わないといけないので、

最後にどんな評価になるのか見ものです。

このままでは、彼の態度の性で将来ベンダーリストから消されてしまうでしょう。

彼のメーカーがベンダーリストから消されると、もう一社しかメーカーがなくなります。

実はその残ったメーカーの方が、実はもっと○○なのです。

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2009年2月16日 (月)

595日目 2月16日

(一部書き直しました。17日)

2月16日は何の日か知っているだろうか。金正日の誕生日である。

北朝鮮の事はどうでもいい。

今日は私の母親の誕生日でもある。

○○回目のお誕生日おめでとう。

自転車で転ばないように気をつけてください。

母親と言えば、昨晩NHKの天地人を見ていたら、兼続の母(お藤)が亡くなってしまった。

兼続は散るもみじを見ながら、母の教えを思い出していた。

幹を生かすために散っていく紅葉(もみじ)に例えて「己を犠牲にしても主を守る家臣になれ」 。

本当にそんなことを言ったのかどうかは知らないが、立派な武士になれということであろう。 特に忠義に関してだ。

直江兼続は景勝に終生仕えることになるので、有名な家臣で、これがドラマの柱になる考え方であると、ここで示したのだと感じた。

忠義は自体は立派な考えであるが、大戦ではお国のために立派に死んで来いとなってしまった。 

別の見方で考えれば、現代では一流の家臣を目標にしろとは誰も言わないが、トップの器量がない人がほとんどなので、目標としてはすばらしい家臣が現実的である。これはと思えるすばらしい人物にめぐりあれば、その人について行こう、サポートして行こうと言うのもよいのではないか。 

兼続は母の臨終のぎりぎりに駆けつけた。なんでもっと早く来ないのかと弟の与七が怒る。

主君のためか、自分の家族のためか。

考えさせられる問題である。

俺は後、数ヶ月で帰国するので、元気でいるように。

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2009年2月14日 (土)

593日目 2月14日

2月14日は何の日かと聞かれれば、100人中99人はバレンタインデーと答えるだろう。

バレンタインデーの思いでは遠いかなたに消え去ったので、

今日は1941年2月14日に起こったことを紹介する。

パレンバン空挺作戦
スマトラ島のパレンバンは蘭印最大の油田であり重要な攻略目標であった。パレンバンはムシ川の河口からおよそ100キロの内陸に位置するため、上陸用舟艇による攻撃では川を遡上している間に油田設備を破壊されるおそれがあり、これを避けるためにはまず空挺攻撃によって油田設備を奇襲占領し、次いで地上部隊をもって確保する作戦が望ましいと考えられた。こうして第1挺進団(団長:久米精一大佐)が空挺降下し第38師団主力(歩兵第229連隊基幹、兵力 12,360名)が支援する陸軍最初の空挺作戦が立案された。ただし、第1挺進団は挺進第1、第2連隊を有していたものの、挺進第1連隊は1月3日に乗船「明光丸」が積載品の自然発火を起こして沈没し、人員は護衛の駆逐艦に救助されたが兵器資材の全てを失っていた。このため空挺降下は挺進第2連隊の329名のみで実施されることになった。

2月14日、降下部隊第1悌団はマレー半島を飛び立った。陥落直前のシンガポールから立ち上る黒煙がはるか南までたなびき視界は不良であった。11時30分、部隊はパレンバンの市街地北方10キロにある飛行場の東西両側に降下し、同時に久米大佐を載せた部隊長機が湿地帯に強行着陸した。飛行場からは守備隊の高射砲が火を噴き、スピットファイア5機も発進したが、飛行第64戦隊(加藤隼戦闘隊)の一式戦闘機が応戦し1機を撃墜、他を撃退した。降下部隊は逐次集結しつつ飛行場へ殺到したものの、投下した重火器・弾薬が入手できず携行した拳銃と手榴弾のみで戦闘せざるを得ない兵士も多かった。市街地からは連合軍の装甲車部隊約500名が到着し激戦となったが、降下部隊は21時までに飛行場を確保した。

翌15日午後 第2悌団がパレンバン市街地南側の湿地に降下し、第1悌団と協力してパレンバン市街に突入、同市を占領した。戦果としては石油25万トン、英米機若干、その他の兵器資材を鹵獲し、放火により製油所工場の一部に火災が発生したものの大規模破壊は避けられた。死傷者は、降下人員329名中、戦死39名、戦傷入院37名、戦傷在隊11名であった。第38師団主力も14日にバンカ島に到着、15日に先遣隊がパレンバンに到着した。師団主力は18日にパレンバンに到着、周辺地域を確保し作戦目的を完全に達成した。       出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

こうして奇襲空挺作戦は成功し製油所は占領された。
その後16日には石油技術者が現地入りしプラントの修理運転を始める。

当時の新聞記事には2ヵ月後の様子が詳しく書かれています。

あれから二ヶ月石油の都・パレンバン

この記事に出ている責任指導者がまだ33歳だったとは驚きだ。

彼は戦後、会社を立ち上げた。

そして彼の作った会社で、今、我々はこうして世界各地で仕事をしている。

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2009年2月13日 (金)

592日目 読書 素人のように考え、玄人として実行する 

木曜の夜、珍しく早く9時半ごろ寝てしまった。

どうもやや風邪気味らしく、

体の節々が痛く、12時半に目が覚めてしまった。

葛根湯を飲んだ。

目が覚めてしまい眠れないので、日本から持ってきた本を読み始めた。

Kanade

金出武雄著、「素人のように考え、玄人として実行する」

2004年に出た本で新刊ではないが、カーネギーメロン大学の研究所長をされていた有名な人工知能、コンピュータービジョン、ロボット工学の権威の方である。

明け方まで一気に読んでしまった。

私とは比べ物にならない頭の良い方であるが、私が日ごろ考えていることと非常に近く違和感なく読んでいて楽しかった。

知的体力、壁に突き当たった時の問題解決の考え方、自分が決めるという勇気等々。

ここまで全部自分のつかんだノウハウをさらけ出してしまうすごい人です。

また非常に読みやすい文章です。

金出先生の記事の記事をリンクしておきます。 本の内容とほぼ同じです。

興味のある方は是非、本を手に入れてもらいたいです。

金出武雄の「問題解決の7か条」

「金出理論」による英会話の上達と役立ち度は非常におもしろいです。

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2009年2月12日 (木)

591日目 健康診断結果 

Nyosan

先月日本に戻った際に受けた健康診断結果が手元に届きました。

結果は条件付OK!?

10月の健康診断で、コレステロールが高いとの結果だったので、

一応食べ過ぎは気をつけていました。

コレステロールは基準値に収まっています。 

しかし、新たな”H”が現れました。

尿酸値と血小板数です。

どちらも今回初めて基準を、わずかですがオーバーしています。

インターネットは便利で検索すると、

尿酸値は、痛風の原因になるらしい。

プリン体を多く含む食べ物やビールを控えろとのこと。

私はアルコールは体質的に全く飲めないので、ビールは最初から飲んでいません。

日本にいるときよりもカロリーを取り過ぎであるのはたしかです。

それと老化ですね。 

血小板数はこの程度の数値なら何もしなくてよいようなので、様子見です。

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2009年2月11日 (水)

590日目 サンドストーム

今朝起きたら風の音がしているので、霧は出ていないだろうと思っていました。

霧はなくクリアーな朝でした。

しかし、昼ごろから強風が吹き始め外は砂埃で霞んでいます。

季節の変わり目には砂塵の強風が吹きます。

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2009年2月10日 (火)

589日目 濃霧発生

Feb_10_fog_small

昨日の朝から霧が出るようになった。

今朝は非常に濃い霧だ、フレアーの火まで完全に見えなかった。

もう冬は終わりである。

去年の2月のブログを見たら、2月12日に霧のことを書いていた。

本格的に暑くなる前に、脱出しないと。

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2009年2月 9日 (月)

588日目 旅客機 機内与圧

”乗員によると、同7時半(同8時半)ごろ、カシュガルの上空1万1000メートルを飛行中に突然、機器が故障して機内の気圧が下がり、5分間に9000メートル降下し、同空港に緊急着陸した。”

5分間に9000メートル降下したということは、毎秒30メートル降下、毎分1800メートル降下である。

旅客機の機内の与圧調整について調べて見た。

システムの構成は下の図の通り。

B727_2 

客室与圧調整系統(cabin pressure control system)

 この系統は,高高度を飛行する航空機の乗客・乗員を気圧変化から守り,安全性と快適性を確保するもので,(1)機内気圧高度の変化率,(2)機室内外の差圧,(3)機室気圧高度をコントロールする。人間は急激な高度変化(気圧変化)に対応できないので,航空機の上昇・下降率に関係なく機内の気圧高度は独立してコントロールされる。現在の大型ジェット旅客機では,飛行高度が7,500mくらいまでなら機内を地上と同じ気圧に,地上の大気圧の約1/5となる高度12,000mでは高度2,000m内外の気圧状態を保つようになっている。この場合の機内外の差圧は約0.6kg/cm2である。客室与圧装置は,エンジンからの加圧された空気を使用し,与圧制御板(cabin pressure control panel),与圧制御器(cabin pressure controller),圧力調整弁(cabin pressure control valveまたはout flow valve)から構成され,出口の圧力調整弁の開度を調整することによって機内の圧力調整を行っている。 http://www.jal.co.jp/jiten/dict/p145.html#02 航空大辞典より)

海外のホームページにありましたが、降下スピードは毎分100メートルが最大らしい。

それよりゆっくり降下しないと機内圧の調整は追いつかないらしい。

怖いこと書いてありました。リンクしておきます。

■上空で、旅客機に穴が開いた!どうなる!?■

高く上れば上るほど、空気が薄くなることは、ご存知だと思います。
さて、10,000mの高度で、人間はどれほどの間、生きていられるのでしょう。

個人差も当然ありますが、10,000mの高度で1~2分、15,000mでは15秒程で
酸素欠乏症により、意識を失い、やがて絶命します。

(中略)

まず、急減圧が発生すると、コックピットに急減圧発生を知らせる警報が
鳴り響きます。
それを確認したパイロットたちは、すぐさま酸素マスクを装着します。
そして、エンジン出力を絞って、スピード・ブレーキを一杯に引いて、
機首角度を-40°で、緊急降下を開始します。機首角度-40°とは
体感でいうと、ほぼ真っ逆さまの墜落状態に等しい。
そして、目標高度3000m(富士山ぐらい)まで降下し、最寄の空港へ、緊急
着陸を行います。

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2009年2月 6日 (金)

585日目 カシュガル市 カタール航空821便 続き 

Hotel

ホテルで3時から食事を出してくれました。

乗客全員が広い部屋に案内され、中華のコース料理を出してくれました。

空いている席に適当に座ります。

私はインド人が一人座っていたテーブルに座りました。

そのあと、エジプトに旅行に行くと言う若い女性2人組み。 

姉妹に見えたが、そこまで聞く突っ込んで聞くことは、とりあえず遠慮しました。

その後にケニアに行くと言う30才ぐらいの夫婦。 

素朴な感じな夫婦で、いつもくっ付いて居られてとても仲がよろしかった。

その後に、韓国人の若い女性の3人組みが座りました。

彼女らは元気です。 よく食べる。

こんな事(飛行機の遅れ)がなければ、これらの人と接することは在りませんでした。

誰も飛行機が遅れたことには文句は言っておらず、墜落しなくてよかったとホッとしているようでした。

夜の6時にホテルを出て空港に向かいました。 空港までバスから町を眺めていましたが、町の人は漢民族ではありません。 

車窓から見る限りでいい加減な事は言えませんが、かなり人々は貧しそうです。

ホテル、空港で働いている人々は漢民族だけです。 

この地域を中国が統括するのはかなり無理があるような気がします。

空港に着きました。

替わりの飛行機はまだ到着していません。

停まっているのは、乗ってきたカタールエアーと中国の飛行機(下の写真)の2機だけ。

Cimg4749_small

しかしその中国の飛行機は飛ぶ様子も無し。

この空港は本当に便数が少なそうです。

搭乗手続きを済ませ待つこと30分。 19時25分にカタールから替わりの飛行機が到着しました。

Cimg4751_small

タッチダウンした瞬間に、待っていた乗客から拍手が起こりました。

Plane_from_q

荷物の積み替えが終わり飛び立ったのが、22時過ぎでした。

カタールのドーハの空港に着いたのが現地時間21時半。

Cimg4752_small  

ドーハから乗り換えの方は、その後苦労されたでしょう。 せっかくの楽しい旅行のはずがお気の毒でした。

私はカシュガルの人々がどんなことを考えているのか、どんな生活をしているのか気になってしかたありません。

緊急着陸の件、ニュースにも出ていました。 

貼り付けておきます。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009020500959

時事ドットコム:大阪発カタール機が緊急着陸=機器故障で、けが人なし ...

 【北京5日時事】新華社電によると、大阪(関西空港)発ソウル経由ドーハ行きのカタール航空821便が5日午前7時40分(日本時間同8時40分)、中国新疆ウイグル自治区のカシュガル空港に緊急着陸した。機器の故障が原因だったが、乗客・乗員194人(うち日本人乗客94人)は無事だった。
 乗員によると、同7時半(同8時半)ごろ、カシュガルの上空1万1000メートルを飛行中に突然、機器が故障して機内の気圧が下がり、5分間に9000メートル降下し、同空港に緊急着陸した。新疆の公安当局者によれば、機内は酸素マスクが下り、多くの乗客は座席を離れて騒然としていたという。(2009/02/05-22:03)

http://mainichi.jp/kansai/news/20090206ddn041040018000c.html

航空トラブル:関空発ドーハ行き、飛行中に機材故障 中国に緊急着陸 ...

【北京・共同】新華社電によると、5日午前7時半(日本時間同8時半)ごろ、関西空港発ドーハ行きのカタール航空821便(乗客乗員194人)が、中国新疆ウイグル自治区カシュガルの上空を飛行中に機材故障が発生、カシュガル空港に緊急着陸した。

 新華社によると、同機には日本人94人を含む韓国や米国など21カ国・地域の乗客計174人が乗っていた。同機は高度1万1000メートルから5分間で2000メートルまで急降下した。

 カシュガル空港によると、乗客乗員にけが人はいないという。

毎日新聞 2009年2月6日 大阪朝刊

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2009年2月 5日 (木)

584日目 新疆ウイグル自治区、カシュガル市

中国のカシュガル(KASHGAR)にいます。

Photo

関空(QR821便)発、ドーハ行きが出て7時間を過ぎたあたりだったと思いますが、飛行機が急降下を始めました。

そう思っているうちに酸素マスクが上から飛び出して来ました。

Mask_q

(初めてマスクをつけましたが、本当に酸素が出ているのかよくわかりませんでした。)

機内の気圧が維持できないので高度を下げているとの機長からの説明。

しばらくそのまま飛行を続けていましたが、直らないので、緊急着陸するとのこと。

場所はCHINAとだとのこと。

CHINA?! 

戦争中、飛行機で中国で墜落して死ぬよりも、不時着するほうが恐ろしかったと何か本に書いてあったのを思い出した。

頭だけ出して、体を地面に埋めて耳や鼻を削ぐのです。

目は針金で突き刺します。

戦争中でなくてよかった。

Q_air

降りた場所が、新疆ウイグル自治区、カシュガル市。 

最初の漢字は”しんきょう”と読むらしい。

中国の西の端です。 

今、ホテルを手配してくれて乗客はホテルで待機ています。

カタールから替わりの飛行機が来るそうです。

時間があるのでホテルの前の広場を散歩しました。

めちゃくちゃ寒い。

歩いている人の顔はさまざまです。

結構、日本人に近いモンゴル系が多いです。 イスラム教の地域なので男は口ひげを生やしています。

隣は旧ロシアの国々なので、アジアでない顔も結構います。

空港やホテルの従業員は中国人ばかりですが。

少し怖いが、もう少し時間があって寒くなければ探索するのですが残念。

Kshgar_2 

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